広島地方裁判所 昭和37年(わ)318号 判決 1962年12月19日
被告人 大西卓男 外三名
主文
被告人大西卓男を懲役五年および罰金三〇万円に、
被告人福留照義を懲役七年および罰金一〇万円に、
被告人岩岡紀子を懲役二年および罰金五万円に、
被告人神田八重子を懲役一年六月および罰金一〇万円に、
それぞれ処する。
未決勾留日数中、被告人大西卓男、同福留照義、同岩岡紀子に対して各一五〇日を、それぞれその懲役刑に算入する。
被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、被告人大西卓男につき金五〇〇円を、被告人福留照義、同岩岡紀子、同神田八重子につき金四〇〇円を、それぞれ一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
但し、この裁判確定の日から被告人岩岡紀子に対しては四年間、被告人神田八重子に対しては三年間それぞれその懲役刑の執行を猶予する。
右猶予の期間中被告人岩岡紀子を保護観察に付する。
被告人福留照義から、押収してある旧日本海軍将校用短剣一振(昭和三七年押第九三号の一)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
第一、被告人大西卓男、同福留照義、同岩岡紀子は、別表第一記載の期間、同別表記載のとおりそれぞれ共謀または単独で、みどりこと下鳴愛子ほか十数名の売春婦に対し、同女等がそれぞれ不特定の客多数を相手に毎回対価を得て売春するに際し、その情を知りながら、被告人大西において賃借していた広島市松原町六六七番地一二三食堂二階の五部屋および同町七〇八番地通称わさび屋こと松村進方二階の三部屋を、一部屋一時間一〇〇円、一泊三〇〇円の料金で貸与し、もつて売春を行なう場所を提供することを業とし、
第二、被告人神田八重子は、右大西卓男が当時右松原町一帯にばつこして売春をしていたみどりこと下鳴愛子ほか十数名の売春婦に対し売春する場所として使用させるものであることを知りながら、右大西に対し、昭和三六年九月上旬頃から翌三七年五月二二日までの間、自己において管理していたその母石徳ハルノ所有の前記第一記載の一二三食堂二階の五部屋を賃料月一万円の約束で賃貸し、もつて情を知つて、売春を行なう場所を提供することを業とするに要する建物を提供し、
第三、被告人大西卓男、同福留照義、同岩岡紀子は、別表第二記載の期間、同別表記載のとおりそれぞれ共謀のうえ、荒木幸枝ほか二名を、右別表記載のとおり被告人大西または被告人岩岡において賃借していた前記第一記載の一二三食堂ほか二箇所および被告人大西において指定した広島市二葉の里土井稔城方にそれぞれ居住させて、右荒木ほか二名をして、右一二三食堂二階等において、一回六〇〇円位、一時間一、二〇〇円位、一晩二、五〇〇円ないし三、〇〇〇円の割合による対償を得させて不特定の客多数を相手に性交させたうえ、その対償の大半を取得し、もつて人を自己の占有または指定する場所に居住させ、これに売春させることを業とし、
第四、被告人福留照義は、
(一) 昭和三六年八月二八日午後一一時頃、山口県徳山市平和通りキヤバレー美人座において、古出正道(昭和八年五月一二日生)に対し些細なことに因縁をつけ、いきなり同人の顔面を手拳で三回位殴打して暴行を加え、
(二) 法定の除外事由がないのに、昭和三七年三月上旬頃から同年四月四日頃までの間、広島市松原町六六七番地一二三食堂のテレビの裏等に、旧日本海軍将校用短剣一振(昭和三七年押第九三号の一)を隠匿して所持し、
(三) 同年三月二四日午前零時頃、同市松原町六七五番地さつき旅館こと中本シズ子方前道路上において、大番友夫(大正六年三月一〇日生)に対し、右中本シズ子の依頼により右さつき旅館の休憩料二〇〇円の支払方を請求したが、右大番がこれに応じなかつたので憤慨し、やにわに手拳で同人の顔面を思い切り強く一回殴打して道路上に転倒させ、よつて同人に外傷性蜘網膜下出血の傷害を与え、間もなく同所で右傷害のため同人をして死亡するに至らしめ、
第五、被告人大西卓男は、
(一) 当時自己において面倒を見ていた瀬川郁夫が、自己の悪口を云つたり、自己と手を切りたいとの意思を明らかにしたことに憤慨し、昭和三七年三月一三日午前一一時三〇分頃、広島市松原町六六七番地一二三食堂において、同人の顔面を手拳で数回殴打して暴行を加え、
(二) 同日午後二時頃、輩下の福田孝ほか一名を伴つて同市三条本町三丁目九九三番地長谷川アパート内の右瀬川の内妻藤原良子方に赴き、右瀬川を付近広場に呼び出し、右(一)記載の暴行によつてすでに自己を畏怖している同人に対し、「金を一万一、〇〇〇円とお前の背広や腕時計を持つて来い。」と要求し、同人がこれを断るや「あの背広や腕時計は、ひろ子が作つたんじや、お前が作つたもんじやないから出せ。」などと同人をにらみつけながら申し向け、もし右要求に応じなければさらに如何なる危害をも加えかねない態度を示して同人を脅迫して畏怖させ、よつて即時同所において同人をして同人所有の現金一万一、〇〇〇円ならびに腕時計一個、背広上下一着および黒ロスキン背広上衣一枚(時価合計約二万円相当)を交付させてこれを喝取し、
たものである。
(証拠の標目)(略)
(被告人神田八重子の判示第二の事実における知情の点についての証拠説明)
被告人神田八重子は、判示第二の事実における知情の点を否認し、大西卓男の若い者の寝泊りの場所として貸した旨主張するが、前掲証拠を総合すると、本件一二三食堂二階はもともと売春宿として建てられ、その間取りも三畳間が五部屋で各部屋にはそれぞれ備え付けの布団類があり、階下南側奥には性器洗浄器も設備されており、この状態は大西卓男が右被告人に賃借方申入れの当時も何等異るところはなく、従つて売春宿としては恰好の場所であつたこと、右被告人の実母石徳ハルノはその夫と共に長年に亘り同所で売春宿を経営していたが昭和三二年初め頃右ハルノが離婚して単独で同店を経営するようになつたので被告人はこれを手伝うようになり、また売春防止法施行直後一時同所に売春婦を居住させないこともあつたが、昭和三五年秋頃当時同家屋を管理していた被告人はもと売春婦の加代子という者に、同女が同所に売春婦を居住させて売春させることを知りながら、備え付けの布団類と共に右二階を月一万円の賃料で貸し、その結果同女が数名の売春婦を同所に居住させて売春を行わせていたことなどから、被告人は同所で売春宿として使用されても何等意に介しないようになつていたこと、大西卓男は被告人の夫岩田組の一員である神田広定の子分で、右一二三食堂にもよく出入りしていたので被告人も右大西の家庭の事情はもちろん当時同人の子分が福留照義と瀬川郁夫の二人だけであつたことも熟知していたもので、右子分両名のためだけならば本件二階全部を賃借りする必要は到底なかつたことも知り得ていた筈であつたこと、被告人は同店付近一帯にはかねて多くの売春婦がばつこして近くの旅館等でさかんに売春がなされ、同店にもその売春婦等が食事のために出入りしていたことも知つていたこと、被告人は右大西に対して、右加代子に賃貸ししたと全く同じように、二階備え付け布団と共に賃料月一万円で賃貸したこと、本件家屋が非常にいたんでいて同所を使用する売春婦等は不快感を抱いてあまり同所を利用したがらなかつた関係から右大西も意のように収益をあげることができなかつたことから考えれば、右月一万円の賃料も決して安いものではなかつたことが認められる。以上の事実からすれば、右大西が賃借申入れの際に被告人に対し「若い者の寝泊りの場所とするから。」と言つた事実があつたか否かにかかわらず、被告人は右大西が同所を売春の場所として提供することを業とすることについての認識があつたというに妨げないものというべきである。
(累犯となるべき前科)
被告人大西卓男は、(一)昭和二八年一一月二〇日広島地方裁判所で窃盗罪により懲役六月、三年間執行猶予の言渡を受け(同年一二月五日確定)たが、その後昭和三一年六月二三日右刑執行猶予の言渡を取り消され、(二)昭和三一年五月一八日同裁判所で、同罪により懲役六月に処せられ(同年六月八日確定)、(三)昭和三三年一月六日同裁判所福山支部で、逃走幇助罪により懲役六月に処せられ(翌三四年二月一八日確定)、(四)昭和三三年五月六日広島簡易裁判所で、賍物収受罪により懲役六月に処せられ(翌三四年二月二三日確定)、(五)同年一〇月一三日広島高等裁判所で恐喝未遂罪により懲役六月に処せられ(同月二〇日確定)、右(一)との刑は昭和三二年三月一八日に、右(三)ないし(五)の刑は昭和三五年六月一五日に、それぞれ引き続いてその執行を受け終つたもの、
被告人福留照義は、(一)昭和三二年一月二五日広島簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年、四年間執行猶予(保護観察付き)の言渡を受け(同年二月九日確定)たが、その後同年一二月一七日右刑執行猶予の言渡を取り消され、(二)同年九月二七日同裁判所で同罪により懲役一年に処せられ(同年一〇月一二日確定)、(三)昭和三四年一二月二四日同裁判所で同罪により懲役一年六月に処せられ(翌三五年一月八日確定)、昭和三六年七月一九日に右各刑の執行を引き続き受け終つたもの、
であるが、右各事実は当該被告人に対する各前科調書によつてこれを認める。
(確定裁判)
被告人福留照義は、昭和三七年七月一一日広島簡易裁判所で道路交通法違反罪により罰金三、〇〇〇円に処せられ、右裁判は同月二六日確定したものであるが、この事実は同被告人に対する前科調書(昭和三七年一〇月二七日付)によつてこれを認める。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、判示第三の事実につき本件平山幸子はその自ら定めた従前の住居から通勤して売春したものであるから売春防止法第一二条所定の「自己の指定する場所に居住させ」たことにならないので法定の要件を欠き無罪である旨主張するのでこの点について判断する。売春防止法第一二条は「人を自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させ、これに売春をさせることを業とした者は、十年以下の懲役及び三十万円以下の罰金に処する。」と規定しているが、その法意は要するに人権蹂躙の弊害が最も強く、売春を助長する行為中最も悪質である、人を自己の支配下において売春させることを業とする者を処罰しようとするにあるから、その「居住の場所を指定する」とは最初から居住の場所を指定または選定することに関与することはもちろん、先ず人と支配関係をもつたうえ、有形無形の強制力により、人をして当初その任意に定めた居住場所から自由に転居できないようにして自己の支配から脱出することを防止する行為をも指すものと解するを相当とするところ、前掲証拠によると、平山幸子は当時同棲していた土井稔城が仕事をしないので生活費に窮し、被告人大西卓男から金一万円を前借しその返済のために同被告人の下で売春することとなり、同被告人に前借を申込んだところ、同被告人は「一万円は貸してやるが働くことになれば紀子方に住み込んでもらわんといけん。他の女の手前もあるけん、逃げるようなことはなかろうがそうしてくれ。」と同被告人の情婦被告人岩岡紀子の住居に住み込み方を要求したが、右平山が「主人もあることだから通いにしてくれ。」と切実に依頼したので、右平山の住居から被告人岩岡の住居であつた前記三和アパートまでは一〇〇メートル位の近距離で監視も容易である関係もあつてか、被告人岩岡の指示に従うこと、同被告人方で食事をすることなどの条件付でようやく通勤で売春することを許したこと、被告人岩岡は右平山に対し、同被告人方で午前一〇時に朝食をなすこと、午後四時同所で夕食をとつてから同被告人の監督下に売春に行くこと、および右金一万円の返済後一箇月間位は継続して売春をなしその対償の六割を被告人大西に手渡して同被告人をもうけさせてやることなどを要求したこと、右平山は被告人大西が広島市の暴力団岩田組神田広定一派の幹部であり右要求に応じなければどんな危害を加えられるか分らないのでその要求どおりに右各条件を忠実に履行せざるを得なかつたこと、およびその間全く自由な行動はとれなかつたもので何等かの都合で売春を休む日でも必ず一応は被告人岩岡方に顔を出さなければならなかつたし、また従来の居住場所から他に自由に転出することは到底できなかつたことが認められる。しかして以上の事実によれば被告人等が右平山に前貸金を与え通勤で売春をすることを許諾した行為の実質は一種の強制的支配関係の設定行為であり、その結果右平山をして食事を被告人岩岡方でとらせることによつて監視を続け、これと被告人大西が岩田組の一員であることと相俟つて右平山の行動の自由を束縛したことはもちろん同女をしてその居住場所から自由に転出できないようにして被告人等の支配からの脱出を防止したものであるから、同法条にいわゆる「居住の場所を指定し」たものに該当すると認定した次第である。よつて弁護人の右主張は採用しない。
(法令の適用)
判示第一の事実
被告人大西、同福留、同岩岡
売春防止法第一一条第二項、刑法第六〇条(ただし、被告人大西の単独犯行分については刑法第六〇条を適用しない)
懲役および罰金刑を併科
判示第二の事実
被告人神田
売春防止法第一三条第一項
懲役および罰金刑を併科
判示第三の事実
被告人大西、同福留、同岩岡
同法第一二条、共犯にかかる分についてはなお刑法第六〇条
懲役および罰金刑を併科
判示第四の(一)および第五の(一)の事実
被告人福留、同大西
刑法第二〇八条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号
懲役刑を選択
判示第四の(二)の事実
被告人福留
銃砲刀剣類等所持取締法第三条第一項、第三一条第一号
懲役刑を選択
判示第四の(三)の事実
被告人福留
刑法第二〇五条第一項
判示第五の(二)の事実
被告人大西
刑法第二四九条第一項
併合罪
被告人福留
同被告人関係の判示全事実と同被告人の前記確定裁判のあつた罪
刑法第四五条後段、第五〇条
累棄加重
被告人大西(三犯)、同福留(再犯)
同法第五六条第一項、第五七条、三犯につきなお第五九条、福留の判示第四の(三)の傷害致死罪につきなお同法第一四条
併合罪加重
被告人大西、同福留、同岩岡
同法第四五条前段、第四七条本文、第一〇条、第四八条
なお被告人大西、同福留につき第一四条
未決勾留日数の本刑算入
同法第二一条
罰金刑の換刑処分
同法第一八条
執行猶予
被告人岩岡、同神田の懲役刑
刑法第二五条第一項第一号
保護観察
被告人岩岡
刑法第二五条ノ二第一項前段
没収
被告人福留
刑法第一九刑第一項第一号第二項
訴訟費用の免除
被告人福留、同岩岡
刑事訴訟法第一八一条第一項但書
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺雄 田原潔 池田久次)
(別表第一、第二省略)